タイ・タイ人のルーツ

意外ですが、タイの語源は漢字の「大」で、大(dai)が訛ってタイ(thai)になったというのが有力な説だったりします。
タイ語では「タイ(Thai)」とは、タイ人という意味以外にも「自由」という意味があります。これは「大」という漢字には”立派な”という意味があり、”立派な”が転用され「立派=奴隷ではない」→「自由人」となったようです。
面白いのですが、必ずしもタイ族=タイ人ではありません。タイ族は以前は中国雲南省の南部に住んでおり、先祖は中国の三国志などで有名な「南蛮」と呼ばれた人たちです。三国志時代の孟獲という酋長は、蜀漢から御史中丞という州の長官を監督する官職を与えられたので、漢族とタイ族の混血と一説では考えられてます。
漢民族の移動により、タイ族は雲南省から南下する事を余儀なくされます。タイ族は、いまのメナム側・チャオプラヤー川の下流に移住したシャム人(小タイ族)、ミャンマーへ移住したシャン族、メコン川(現在のタイとラオスの国境を流れている川)の上流に定住した西北タイ族(ユワン族)、メコン川から東へ移動したラーオ族、インドのアッサム地方に移住したアホム族、ベトナム北部や海南島などに移住しました。
メナム側の下流を移動し、先住民族のクメール族を退けてスコータイ王朝を打ちたてたシャム人(小タイ族)です。メコン川を上流移動した西北タイ族はチェンマイを首都としたラーンナー王朝を建国します。ランナー王朝は現在のタイの王朝であるチャクリー王朝(1782年建国)の時代に合併し、シャム人・小タイ族と同化しました。
ちなみに、チェンライを経由してメコン川の東に移動したラーオ族はラーンサーン王国を建国しますが、南詔国(ナンチャオ王国)から移動してきたチベット・ビルマ語族に破れ、現在はラオスやタイのイーサーン(東北地方)などに住んでます。そのため、ラーオ族=ラオス人でもない訳です。
長くなりましたが、いまのタイ人とは、シャム人(小タイ族)とランナー人(西北タイ族)が主として構成された人たちで、彼らがタイを形成しました。

意外ですが、タイの語源は漢字の「大」で、大(dai)が訛ってタイ(thai)になったというのが有力な説だったりします。

タイ語では「タイ(Thai)」とは、タイ人という意味以外にも「自由」という意味があります。これは「大」という漢字に”立派な”という意味があり、”立派な”が転用され「立派=奴隷ではない」→「自由人」となったようです。

これも意外ですが、必ずしもタイ族=タイ人ではありません。タイ族は以前は中国雲南省の南部に住んでおり、先祖は中国の三国志などで有名な「南蛮」と呼ばれた人たちです。三国志時代の孟獲という酋長は、蜀漢から御史中丞という州の長官を監督する官職を与えられたので、漢族とタイ族の混血と一説では考えられてます。

漢民族の移動により、タイ族は雲南省から南下する事を余儀なくされます。タイ族は、いまのメナム川・チャオプラヤー川の下流に移住したシャム人(小タイ族)、ミャンマーへ移住したシャン族、メコン川(現在のタイとラオスの国境を流れている川)の上流に定住した西北タイ族(ユワン族)、メコン川から東へ移動したラーオ族、インドのアッサム地方に移住したアホム族、ベトナム北部や海南島などに移住しました。

メナム川の下流を移動し、先住民族のクメール族を退けてスコータイ王朝を打ちたてたのがシャム人(小タイ族)です。メコン川を上流移動した西北タイ族はチェンマイを首都としたラーンナー王朝を建国します。ランナー王朝は現在のタイの王朝であるチャクリー王朝(1782年建国)の時代に合併し、シャム人・小タイ族と同化しました。

ちなみに、チェンライを経由してメコン川の東に移動したラーオ族はラーンサーン王国を建国しますが、南詔国(ナンチャオ王国)から移動してきたチベット・ビルマ語族に破れ、現在はラオスやタイのイーサーン(東北地方)などに住んでます。そのため、ラーオ族=ラオス人でもない訳です。

つまり、いまのタイ人とは、シャム人(小タイ族)とランナー人(西北タイ族)がから構成された人たちで、彼らがタイを形成してます。陸地続きだと、民族の歴史が複雑系になりますね。。。

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